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中性子星 ラリイ・ニーヴン

ラリイ・ニーヴン!
思い入れがありすぎて、個人的に墓まで持っていく名前

中性子星

どこかで読んだが、SFには黄金時期というものがあるらしい。年齢で11歳~12歳頃

いわく、この時期にSFを読んだか読まないか、がその後の人生をSFモノとして生きるか否かを決める。

この年齢にSFを読むと、その後はSFを偏見なく受け入れ、楽しむことが出来るが、

逆に読まないで過ごすと一生SFを――センス・オブ・ワンダーを――理解できないだろう、というもの



読んだ、読んだよ!まさしく中学1年生のとき!

読書好きの友人Sに薦められて読んだ人生初のSFが、ラリイ・ニーヴンの「無常の月」だ

友人Sは、何気に薦めた本で、一生をSFモンとして生きるしかない道に私を叩き込んだの、知らないだろうな...



そんな作家のノウンスペースシリーズ の中篇を集めたのが本作

科学的発想をエンターテイメントまで噛み砕き、面白く味付けする技量はさすが



そんな事より、個人的には改めてラリイ・ニーヴンは自分のSF的発想の原点作家だと思い知らされたわ

数年前に4000文字の超短編SFシナリオを書いたのだが、意図せずノリが一緒




ちなみに書いたシナリオは~

書く数日前に、土星の衛星タイタン にはメタンの雨が降っている事、惑星条件により常に同じ場所に雨が降る事、

の2点を知った (後者は別の星の可能大)ので、それを元に発想したストーリー↓

 タイタン土着の植物状の生物(イソギンチャクみたいなのを想定)の繁殖形態が、雌雄異性で、

 受精をメタン の雨という、長いサイクル(降雨、川の流れ、上昇気流、降雨)の中で繰り広げられ、

 これにより受精のチャンスと繁殖地の切り替えしていく、というのを、

 衛星軌道上のシャトルから科学者が観測しているっている話。



4000文字で詰め込みすぎ、というのはおいといて、なんつーかー....

本作の「恵まれざる者」「帝国の異物」的なんだよね。やれやれ。



ラリイ・ニーヴン 『中性子星』 ハヤカワ文庫
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所有せざる人々 アーシェラ・K・ル・グイン

細かい章立てに分かれていて、冒頭で主人公、シェヴェックがアナレスからウラスへ飛び立ち、最後にウラスからアナレスへ戻る

その間は、過去(アナレス)、現在(ウラス)での物語りが交互に語られるのだが、

途中までその二重構造に気づかないわ、どっちの話なんだか分からなくなるわ、

アホなんで、理解するまで時間かかった。再読なのに...

しかも、翻訳ヘタクソ

所有せざる人々

解説にあるが、ル・グインは主人公の物理学者にロバート・オッペンハイマー の記憶を多少投影していたらしい

そんなことは知らずに読んでいたが、哲学者/宗教者のルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン と、

数学者/論理学者のクルト・ゲーテル の姿を私は見てとった

ともにシェヴェックの1つのエピソードによる印象だが、

前者は学問をとりまく状況に対する不信と懐疑、後者は己の学問自体に対する自信喪失と迷い

特に本作の独自の社会制度と対峙するシュヴェックの姿が、若い頃のヴィトゲンシュタインをなんとなく

思い起こさせるんだよね



つか、これ確かにSFなんだけど、その枠に収まらないわ

ユートピア/ディストピアものとも称されているが、政治SFとも言えるし思想SFとも言える



以下、メモ

シェヴェックは両手に窓台に凭せ、室内がぼんやりと映っている窓ガラスをすかして戸外の闇に目を凝らしていたが、やがて口を開いた。「きみの話すことは狂ってよ、ダップ」

「ちがう、おれは正気だ。現実の外で生きようとすることが人々を狂気へ追いやるのだ。現実は恐ろしい。現実は人を殺すことができる。時間さえかければ、必ず人を殺すだろう。現実は苦痛だ――きみはそういったな!だがきみを狂気に追いやるのは虚偽だ、現実逃避だ。虚偽がきみに自殺を求めさせるんだ……」



「われわれを結束させるものは、われわれの苦悩であります。愛ではありません。愛は心に従うことはなく、追いつめられると憎しみに転じることがあります。われわれを結ぶ絆は選択を越えたところにある。われわれは兄弟なのです。なにかを共有することによって繋がる兄弟なのです。われわれは、一人一人が別々に苦しまなくてはならない苦痛を共に味わうことにより、飢えを、貧困を、希望を共有することにより、われわれが兄弟の間柄であることを認知します。

(中略)

われわれは互いに助け合う以外に救いはないことを知っています。手を差し出さなければ誰も救ってくれないことを知っています。(後略)」



アーシェラ・クローバー・ル・グイン 『所有せざる人々』 ハヤカワ文庫

闇の左手 アーシェラ・K・ル・グイン

闇の左手
タイトルいいよね~タイトル!

だけど、話中に「闇の左手」という単語が出てくるわけでもなし

途中、光と闇、右と左、男と女..といった二元論/二極化の一連の説明で出てくるが、明示的にはない



逆をたどれば「光の右手」

神の子は全能の父の右に座したまいし(使途信条 )

ル・グインの信仰は知らんが、アメリカ人ならココら辺は刷り込まれてるだろーから、「闇の左手」は....

なんて呼ぶんだろう

この言語感覚は、がっつり日本人なんでわからん




4~5年に一度読み返して、3度目?くらいの読破

何度読んでも理解したっていう充足感がないよ。。。

特に、最後でエストラーベンが警備兵につっこんでいったのは、どういう事なの?

ル・グインが語られる際の常套句「愛」とか、そんなんじゃない気がするんだよなー

途中まで、世界観も民俗も、大氷原あたりなんか惹きこまれるのに、エストラーベンが突っ込むあたりから

気持ちが尻すぼみする。。



どーでもいいが、アーシェラの由来となった聖ウルスラのwiki の充実っぷりが凄い



アーシェラ・クローバー・ル・グイン 『闇の左手』 ハヤカワ文庫
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書いている人:せんちょう
こんな僻地にようこそです。

ここはチラシの裏。
英語読解は好きの気持ちだけで誤訳誤解ドント来い。
TF はお笑い方向に感想備忘録。

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