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ガラスの塔 ロバート・シルヴァーバーグ

ガラスの塔
解説にもあるが到底日本人には書けない物語

宗教観とか、罪と罰の概念とか、フロンティア精神とか、神の存在と精神の乖離とか

ガラスの塔は明らかにバベルの塔を模しているし、

アンドロイドが平等を訴えるさまは公民権運動 そのものだし、(原作は1970年。キング牧師の有名な演説のたった7年後!)

クルッグが最後、混乱の地球(地上)をおいて旅立つのも、混乱と対立の果てに神の不在を表す暗喩かと…



ここら↑の英米SFにお決まりの宗教の影は置いといたといたしても、それでもしっくりこなかったー



思うに、アンドロイドの描写じゃないかと。

アンドロイドが人に相似形であることを強調するあまり、人間クルッグに対する宗教を除けばまるで人間

家族もいれば恋もして駆け引きもしてセックスもする

物語の大前提として人間≒アンドロイドがあるために、最後のカタルシスのために強調されるのは逆の相違

「人と人あらざるものとの違い」



これって、フィリップ・K・ディックがさんざん言及 して、作者なりの思いを作品に込めてたテーマ。

その思いっつーのが感じられない。すまん。

ストーリーだけが先走って、気持ちがのってない感じ。やはり シルヴァーバーグは苦手や…



ロバート・シルヴァーバーグ 『ガラスの塔』 ハヤカワ文庫
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書いている人:せんちょう
こんな僻地にようこそです。

ここはチラシの裏。
英語読解は好きの気持ちだけで誤訳誤解ドント来い。
TF はお笑い方向に感想備忘録。

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