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少女コレクション序説 澁澤龍彦

なんか小難しいこといって、色々と大変なことが書いてあった。
付箋つけて読んでいたので、その中から 娘 に関してピックアップ備忘録
少女コレクション序説


■娘
「女を一個の物体(オブジェ)に出来るだけ近づかしめようとする[少女コレクション]のイマジネールな錬金術は、かくて、究極の人形愛にいたって行きどまりとなる。ここには、すでに厳密な意味での対象物はないのだ。(中略) 幻影とは、すなわち人形である。人形とは、すなわち私の娘である。人形によって、私の不毛の愛は一つのオリエンテーションを見出し、私は架空の父親に自分を擬することが可能になるわけだが、この父親には、申すまでもなく、社会の禁止の一切が解除されているのである。」

「ジャン・プラストーはその著『自動人形』のなかで、「自動人形はおそらく、私たちの形而上学的不安から生まれた」と述べているけれども、これは単に自動人形ばかりではなく、人類の考え出した最初の玩具であるところの、あらゆる素朴な人形についても当てはまる評言ではないだろうか」

「かつて私はユートピアについて論じたとき、「ユートピアなるものは、なるべき私たち自身の手の届かない永遠の未来に、突き放しておくべきものであって、安直に手にはいるようなテクノクラシーなユートピアは、真のユートピアとは似て非なるものだ」と述べたことがあるけれども、私にとって、私自信の「娘」とは、まさにこのユートピアにも等しいものなのである。

それは、この世に存在してはならないものなのである。存在するとすれば、日常の秩序から離脱したユートピアにおいてのみであり、このユートピアにおいては、むろん、近親相姦の甘美な夢をいかほどに放悉に満足させようとも、何ら障害も起こりえないものであることは申すまでもない」

「フランスの文化人類学者レヴィ=ストロースが『親族の基本構造』で示したように。「禁止」はそれだけ切り離しては説明不能であり、つねに「特権」とむすびつけて考察されなければ片手落ちなのだ」



すげぇな。


少女コレクション序説 (中公文庫)
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書いている人:せんちょう
こんな僻地にようこそです。

ここはチラシの裏。
英語読解は好きの気持ちだけで誤訳誤解ドント来い。
TF はお笑い方向に感想備忘録。

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