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レヴィ=ストロース入門 小田 亮

文化人類学 は面白い学問だとは思うが、とっかかりが難しい
本作でもでてくる [ 親族の構造 ] が苦手。「交叉イトコ婚」「平行イトコ婚」とか混乱する。
文化人類学(民俗学)では、「穢れ 」 「ハレとケ 」 「他界(葬制) 」辺りが面白いと思う
レヴィ=ストロース入門



婚姻関係を関数にして数学的に理論値を出す手法で、カントールの対角線論法 を思いだした。

たぶん
勘違い


以下、気になった点の抜き出し


レヴィ=ストロースがめざしていたのは、人間の理性の拡大であったが、そえrを、自己(西洋)の理性に他者(非西洋)が目覚めることによってではなく、他者の理性に自己を開くことによって実現しようとしたのである。


デリダが暴力を隠すものだと批判している、閉じ荒れた無垢で善良な共同体のイメージは、19世紀の西欧が、自分たちを暴力的で流動的だが「開かれた社会」だと規定するために、それとは正反対のイメージを過去や未開や田舎の小規模な共同体に投影することで創りだした観念である。

レヴィ=ストロースの<構造>概念は、体系(システム)とはっきり区別されているものである。

(前略)構造とは何かという問いの最もシンプルな答えは、一連の変換の過程をとおして「他の一切が変化するときに、なお変化せずにあるもの」、つまり、ある体系が変換をとおして別の体系に変化したときに現れる不変性であるのだから。

レヴィ=ストロースも認めているように、変換の概念こそ、<構造>という概念の理解の鍵であるとともに、誤解の原因であった。

<構造>という見方の本領は、体系を支配する「1つの内的脈絡」が、「1つの切り離された体系の観察においては近づきえないものでありながら、変換の研究――それによって、一見異なった体系の間に類似性を見出すことができる――において明らかである」 (中略) その内的脈絡はたしかにその体系の内部にあるものだが、(中略) それが見つかる場は、いわば、体系と体系との<あいだ>なのである。

さらに、レヴィ=ストロースは、E・サイード(『オリエンタリズム』)の西洋による非西洋の表象への批判を先取りするかのように、ヒステリー幻想やトーテミズム幻想とは、正常な白人男性が、自分たちのなかにある望ましくない部分を異常者や未開人という他者に投影することによって、そのような部分が自分たちのなかにあることを否認し、自分たちの道徳的世界を正常で確固たるものにするためのものだとしている。

類似しているのは類似点ではなくて、相違点

レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)
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書いている人:せんちょう
こんな僻地にようこそです。

ここはチラシの裏。
英語読解は好きの気持ちだけで誤訳誤解ドント来い。
TF はお笑い方向に感想備忘録。

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