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不思議な少年 マーク・トウェイン

日本では「トム・ソーヤの冒険」「ハックルベリ・フィンの冒険」で著名な作家、マーク・トウェイン
例によって著名な上記2冊は未読

不思議な少年

図書館で借りて面白かったーと思っていた。

解説で改稿を重ね、幾パターンの原稿があると書かれていたが…



1994年に、この本は実は編集者により前後を書き加えられたもので、正式版と銘うって

『不思議な少年 第44号』が発売。

ことの顛末はwiki参照



結局それも正式版でもなかった訳だが、こちらが絶版になるかと思って購入

結局絶版にならなかったが。



内容は暗く、人間不信に満ち、幸せとは無知とし、人間の生命や尊厳を尊ぶことを悉く否定する。

途中、ラプラスの悪魔 的運命論も展開し、創造性や可能性さえも足蹴にする

神/支配者/政治家/雇い主に従属する精神(日本なら忠誠心というか)も嘲笑し、

最後はこの世の全てを夢、孤独の中にそうと知らずにただある、流浪の思惟と看破する。



傑作、と呼んでもよいのでは。

これだけ暗いのに、ストーリーは弾むように進むので、読みやすいから

ちょっとアレな気分になりたい時にはお勧めできる。




岩波文庫表紙の文言を抜粋

オーストリアの田舎に3人の少年がいた。ある日忽然と現れた美少年の巧みな語り口にのせられて3人は不思議な世界へ入りこむ。その美少年、名はサタンといった――。トウェイン(1835-1910)はアメリカの楽天主義を代表する作家だといわれているが、この作品は彼の全く別の一面、暗い人間不信とペシミズムに彩られ、奇妙に人を惹きつける。


マーク・トウェイン 『不思議な少年』 岩波文庫

チップス先生さようなら ヒルトン

死刑(人為的な死) 、自殺(自発的な死) 、と来たら最後は平和に〆たい

老衰(自然な死)、で本作をチョイス

チップス先生さようなら


どんな学校にも一人くらいは、生徒に人気のある先生の中に主(ぬし)的存在がいたと思うが、

その先生がどんなにチップスほどは良い教師ではなくとも、

自分の小学、中学、高校生時代を思い出すには十分



甘酸っぱいような、ほろ苦いような、不思議な感情

学生時代がこんなにも遠くに感じる日がくるとは思わなんだ。

昔、CMのキャッチコピーで「恋は遠い日の花火ではない」というのがあったが、

10代までの学生時代は、遥かに遠く夢の日の花火



思い出は美化される分、余計に



この本、最後に必ず泣いてしまう




ヒルトン 『チップス先生さようなら』 新潮文庫

死刑囚最後の日 ヴィクトル・ユーゴー

10代後半の青臭い発想↓

文豪って言われる人の本くらいは読んでおいてもよくね? →
 ヴィクトル・ユーゴー とかマジ頭良さそうだわ →
  「レ・ミゼラブル」とか長編すぎるだろ →
   一番薄い本どれ? →
    「死刑囚最後の日」


頭が悪いわぁ・・・。
今回はカフカ短編集 の『流刑地にて』を読んで思い出して手にとる。

死刑囚最後の日

ストレートに「死刑制度反対」という本

しかし、1829年の本だ。ギリシャがトルコから独立して国になった年だ

その頃の死刑は娯楽

市中をパレードしたあげく、広場でムッシュ・ド・パリ によってギロチンでスパーン!



その制度に反対する情熱によって本作はなりたっている。

死刑制度そのものを批判したいがために、主人公の死刑囚は名前も罪名も分からない。

しかし、冤罪ではなく、罪を犯したことを認めていて、

弁護士が終身刑で済むようにとりはかろうとするのを、「なら死刑がいい」と拒否している。



分からんので調べた。

当時、斬首刑は苦しみの少ない名誉ある人道的な刑で、平民は絞首刑が主だったらしい。

中世の拷問はハンパねぇからな・・・

どんな罪状だとギロチンが採用されるかは分からなかったが、軽微な罪ではない模様



つまり、

終身刑なりのデカイ犯罪をおかしたあげく、

「死刑の方がまだマシ」と自分で選らんで死刑になり、

その罪は読者に伏せたまま

「死にたくねぇ!」と叫ぶ死刑囚の最期の物語



読んでて面白いもんではないわな・・・




岩波文庫表紙の文言を抜粋

自然から享けた生命を人為的に奪い去る社会制度 = 死刑。その撤廃をめざし、若き日のユーゴー(1802 - 85)が情熱をもやして書きあげたこの作品は、判決をうけてから断頭台にたたされる最後の一瞬にいたるまでの一死刑囚の苦悶をまざまざと描きだし、読む者の心を尚早と絶望の狂気へとひきづりこむ。


ヴィクトル・ユーゴー 『死刑囚最後の日』 岩波文庫

ドリアン・グレイの画像 オスカー・ワイルド

"肖像" で覚えているが、岩波は"画像"。写真が汚いな。
山本耕史氏の舞台を去年観劇 しているので、新鮮味はない・・・既に3~4回目の再読だし。

ドリアン・グレイの画像

読むたびにイギリス公爵夫人の台詞「アメリカなんか発見しなければ良かったわ」で笑ってしまう。

当時はちょっとしたウィットだったかもしれないが、電車の中でおもわず吹いた

ワイルドも出版後100年以上たって、

極東の日本人に「渾身のギャグ」だと笑われるとは思ってもみなかったろうな



イギリスがアメリカを発見しなけりゃよかった発言とかww 本気で笑うわwwww



で、

舞台ではヘンリー卿が良い味だしていたが、原作だとバジルが良い味だしている。

深読みされやすい作品だが、普通に娯楽小説として読んで楽しむのがラクで良い。




岩波文庫表紙の文言を抜粋

美貌の青年ドリアンが人知れず罪を犯してもどった夜、彼の肖像画は奇怪にも口許に残忍な微笑を浮かべていた。快楽にふかり醜さを加えてゆく彼の魂そのままに、肖像は次第に醜悪になってゆく。――美貌と和からを保ちつづける肉体と恐ろしい姿に変貌する魂との対比を主題に、ワイルド(1856-1900)がその人生観・芸術観・道徳観をもりこんだ代表作。



オスカー・ワイルド 『ドリアン・グレイの画像』 岩波文庫

眼球譚  ジョルジュ・バタイユ(オーシュ卿)

1928年にオーシュ卿(便所卿)の名前で地下出版されたエロティシズム小説

エロスとタナトス

異端文学

眼球譚_初稿

初読時は直球エロに目がいって、まったく面白くなかったが

久々に再読したら、以前は気づかなかったことに目がいく。面白い



まず文章が美しい

訳文の妙だろうが、原文も精緻で美しいのだろうな、と想像できる




この本を、まだ自分なりに咀嚼できていない。

以下、思うことの羅列



性に奔放な主人公とシモーヌが、マルセルに囚われていく様は、儚く思える。

基本的に生産の行為でありながら、出産ではなく快楽を追求する主人公とシモーヌの行い。

開放的と呼んでもよいはずなのに、

マルセルに囚われて以降は、サディズムと変態の極致といえる淫行ですら、性の解放というより

隠蔽され、ひどく閉じた印象を持つ。

マルセルがこもった、牢獄と化したにわか作りの便所の中に、

二人の生と死、性と死、聖と死が。




眼球――球体のメタファーに関しては、気づかない訳ないほど繰り返しでてくる。

 自殺したマルセルの顔(当然ながらそこには目がある)に小便をかけるシモーヌ、

 スペインで死んだ闘牛の睾丸を皿にもり、またがるシモーヌ、

 死んだ闘牛士の顔から垂れる眼球

 殺した僧侶の眼球――玉子と呼び、えぐりとらせて、擬似出産の戯言を行うシモーヌ

繰り返し、繰り返し



そうすると、スペインの陽光も、闘牛も、太陽も、尻の穴も、なにもかもが暗喩に思えてくる。

その混乱と、暗喩に暗喩を重ねられる複雑さが、不思議な感覚をよぶ。

そのカオス――生の活力?―-をあざ笑うかのように、

シモーヌはサディズムと死を招き、暴力で読者の目を醒まさせる。



色のない世界。しかし、鮮やか。



書いていて、ちょうど読んだ少女マンガの台詞を思い出した (『ホライズン』 藤たまき)

神は――私たちの幸せを望んでいるのであって、マゾヒズム的犠牲を望まれてはいない。
清い生活を送っていても、心が暗く悲しい、ゆがんだものにしかならないなら――その人には修道の素質がないと言いますが・・・?


僧侶を誘惑するわ、犯すわ、殺すわ、死体で遊ぶわ、やりたい放題のシモーヌを読み解く、

取っ掛かりになりそうなんだが・・・

ここら辺でお手上げ! 分からねぇずら!




ジョルジュ・バタイユ(オーシュ卿) 『眼球譚 <初稿>』  河出文庫

吸血鬼ドラキュラ ブラム・ストーカー

吸血鬼ドラキュラ
世界的古典。傑作ではないが、後に生まれるあらゆるものに影響を与えた怪作



吸血鬼ドラキュラ



吸血鬼モノを偏愛している者としては、避けて通れない1冊

内容は複数人による日記や覚書でつづる形式。よく出来てるなぁ

ルーシーが衰弱、吸血鬼(不死人)化してゆくくだりは秀逸だと思う



もはや今更コメントも感想もない

必読!



ブラム・ストーカー 『吸血鬼ドラキュラ』 創元推理文庫

ジョニーは戦場へ行った ドルトン・トランボ

ジョニーは戦場へ行った
何度も発禁処分になっている反戦小説

銃弾で目、口、鼻、耳、両腕、両足を失った男の、狂気と紙一重の精神を丹念に辿った一冊



絶望の檻、非情な監獄という意味でこれ以上の状況はないのでは。

最後に巻き起こるカタルシスは反戦の強いメッセージにほかならないが、あまりに酷な展開に声もでない。

解説でジョニー…意識の流れのみに生きる肉塊…が志向するエネルギーを「パシフィズム」と看破しているが、

なにかしっくりこない。

ジョニーが一途に生み出したエネルギーの名前は、単なるパシフィズムよりももっと複雑で、

私には名前がつけられない。



ドルトン・トランボ 『ジョニーは戦場へ行った』 角川文庫

白い犬とワルツを テリー・ケイ

白い犬とワルツを
初読時は感動したハズなんだけど…ポール・ギャリコ の後だとなんか冗長でダメ



テリー・ケイ 『白い犬とワルツを』 新潮文庫
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書いている人:せんちょう
こんな僻地にようこそです。

ここはチラシの裏。
英語読解は好きの気持ちだけで誤訳誤解ドント来い。
TF はお笑い方向に感想備忘録。

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